01.02.18:52
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08.06.12:07
68年前の広島
68年前のこの日8月6日、地球上で初めて核兵器が使用されました。
明らかに国際法違反の無差別攻撃でした。 老若男女14万人が虐殺されその後何年にもわたって放射能の影響に苦しめられ21万人もの人達が殺されました。
時の大統領トルーマンによって使用が決定された。 ルーズベルトが急死しなかったとしても使用は決定されていたのだろうか・・・。
ルーズベルトにしても人種差別主義であり、核兵器の効果を試してみたかったであろう。
日本人なら殺しても良い、けしからん日本人めと言いつつ、平野と山岳地での核兵器の威力を確認したのだった。
また、放射能による人間の変化を経過観察。
つまりは日本人を使った人体実験・・・。
多くの将兵の命を救うためなどと大嘘の大義を立て、残酷極まりないホロコーストを行った米国の負の歴史。
戦後、パール判事はこう述べています。
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08.05.10:26
スタッドボルトオフセット成功
このまま引き下がるのも悔しいので可能性を追求してみました。^^
人様がやっていないことをやるのもどなたかのヒントになる場合もありますからね。
まずは以前の穴です。
こちらの穴の酸化皮膜を取り除くのと食付きを良くするためにドリルで揉んで逆テーパーになるように穴を広げました。
そうしておけば引っ張り強度も強くなりますから。
はい、今回はこれです。^^
買っちゃいました。 延長ホースとバーナーで2万弱・・・。
かなり痛かったですが買っちゃいました。
将来また手曲げマフラー作るときに必要になりますからね。^^;
やはり、カートリッジバーナーとは訳が違いました。
近所迷惑なほどに バワオーーーーーと音を立てながら半端ない火力です。^^
4つの穴をアルミハンダで埋め込みました。
埋めた直後はこんな具合です。
これをサンダーでギリギリのところまでサンディングしまして。
オイルストーンで磨きました。
まだ荒仕上げです。
穴の仕上げの前にオイルラインの加工を行います。
SC54とSC38ではオイルラインが変更になっていますので加工が必要です。(SC54のアッパーケース使用の場合は不要)
#1と#2の間のオイルラインを使用しますので穴を開けます。
#3と#4の間にもオイルラインはあるのですがクラッチケースが邪魔で回転工具が使用できないんですよね・・・。
オイルラインのチューブを取り付けますので段付きドリルで面を仕上げました。
穴が曲がらないように3ミリ5ミリの順に開けていきます。
穴あけ完了。
下穴は8.5ミリです。
M10の1.25でネジを切っていきます。
#1から#3で仕上げました。
スタッドボルトを入れてみました。
写真ですとこう写りますが真っ直ぐです。^^;
横から見てもこうなります。
キッチリとはまだねじ込んでいません。
試しにSC54のシリンダーを載せてみました。
バッチに収まっていますよ。
まだ、ケース内を削っていませんのでシリンダーはすっぽり収まりませんが次回削って合わせます。^^;
これで組み込めば上下のクランクケースはSC38のものですので、クランクシャフトのオイルクリアランスは取りやすいと思います・・・。
まあ、SC38の下ケースとSC54の上ケースでオイルクリアランスが適正に取れればコンバート可能かとは思います。
SC38の下ケースを使用していますのであくまでも部品交換の域ですので改造申請は必要ありませんね。^^
刻印の打ち換えは違法ですから。^^;
このエンジンが載せられることになればかなりの軽量化が望めそうですね。^^
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08.02.10:55
他国を巻き込む韓国
戦後問題ジャーナリストの佐波優子氏は「人間社会の中で屈辱的なものの一つに、行ってもいないことでぬれぎぬを着せられることがある。女性をsex slave(性奴隷)にした、などという罪を着せられていることはもっとも屈辱的なことではないか」と問題提起。「かつて大東亜戦争で日本を守るために戦った兵士の方々がその罪を着せられている。このぬれぎぬは私たちが晴らさなければならない。兵士の方々が私たちの命を守ってくれたように、今度は私たちが兵士の方々の名誉を守っていきたい」と訴えた。
米西部のグランデール市で慰安婦像が設置された。 とんでもない暴挙であると感じる。
佐波優子氏が言うように、やってもいない事で濡れ衣をきせられることほど屈辱的なことはない。
また、セックススレイブという言葉自体もクリントン元大統領婦人が言い放ったこと。
もうこの問題に関してはなんでそうなるのかと理解に苦しんでしまう。 韓国人や在日韓国人に対し憎しみの念を持つ人達が増えてきているのも当然といえば当然なのかもしれない・・・。
先人の名誉を守るための具体策が欲しい・・・。
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08.01.11:41
大東亜戦争への道 久保有政氏著
私は維新以降の歴史をすべて見ないことにはあの戦争は語れないと言い続けてきました。
しかし、自分には学がなく人様に説明できるような人間ではありませんでした・・・。
あの戦争で先人たちが命をかけて戦ってくれた事実を、時系列を追って解説しているサイトです。
あの戦争の真実を考察してみてください。
人種差別からや欧米列強の東洋人に対する態度がどんなものであったか理解することができるでしょう。
決して右寄りな論点ではなく客観的史観となっていると感じました。
「日本人が始めた戦争」などと理解している人には必ず読む義務があります。
大東亜戦争への道
アメリカは、自分の真の敵が誰かを見誤った日本が自衛戦争に出ざるを得なかった理由
ダグラス・マッカーサー元帥。彼は戦後、日本の戦争は「自衛戦争だった」と証言した
一九四一年の日本による真珠湾攻撃から、一九四五年の終戦に至るまで、日本とアメリカは戦争を交えました。
それ以前の日本とアメリカは、一時は兄弟のように良好な関係を持っていた時期もあります。にもかかわらず、両者は戦争を交えました。これについて、
「この戦争は日本の侵略的態度に対し、アメリカが懲罰に出たもの」
とする、いわゆる自虐史観が広く語られてきました。日本を一方的な悪として、アメリカを一方的な正義とする歴史観です。
しかし、これはアメリカが戦後、自分の戦争を正当化するために唱えた歴史観であり、客観的にみれば決してそのようなものではなかったのです。
日米戦争の責任は、アメリカと日本の双方にありました。
両者は、中国で利害が対立したのです。アメリカは、自国の経済圏から日本を閉め出す一方で、中国においてアメリカの割り込みを執拗に求めました。そのために中国に進出していた日本とぶつかり合ったのです。
日米はなぜ戦争をしなければならなかったのか。その本当の歴史をみてみましょう。
続き
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/rekishi06.htm
大変わかりやすく総括されている史観です、ぜひ読んで欲しいと思います。
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07.31.15:11
あちゃ~、お気に入りのらーめん屋が・・・
ガーンΣ(|||▽||| ) お気に入りのラーメン屋さんが閉店してしまった・・・。 これは相当なショックです。
会社の同僚から最近店開けていないようだとの情報をもらっていたんですが、旦那さんの具合がまた悪くなってしまったのかな?なんて思っていたんですが閉店してしまっていたよ・・・。
ここの旦那さんは病気になってしまってしばらく入院していたんだけど、元気を振り絞ってまた店を開けていてくれたんだが。
正直なところせがれと俺の一番のお気に入りだったんですけどね、せがれもかなり落ち込んでいました・・・。
あの餃子とらーめんが食べられなくなったとしばらくの間ため息数回ついていました。^^;
嗚呼これが食べたい・・・・・。
餃子の写真ロスト・・・。あの餃子が食べられない・・・・・。
今まで頑張ってくれてこちらこそありがとうございました。(涙)
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