04.05.22:06
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02.26.10:13
これが立ちそばの美学だ^^
立ちそばの美学は誰からか教わるものではなく自然と身につくものだ。今や我々の民度は世界一とまで言われている。そんな東京の朝はとにかく秩序正しく慌ただしいのだ。
したがってもたもたと注文してはいけない。暖簾をくぐる前にはそばかうどんをあらかじめ決めておき、常に後ろに並ぶ人のために気を使うことは当然のマナーだ。
暖簾をくぐり、無表情な作り手に「そばー・・・」と告げる。作り手の前で「え~っとね」などと考えてはいけない。作り手はおもむろに麺箱から竹で作られたとんがったものでそばの一玉を刺し、ザルに放り込み湯がき始める。おおよそ湯がき終わってどんぶりに移すまでの3秒の間にトッピングを決めなければいけない。言葉に詰まってそれ以上経つとかけそばになってしまうのだ。
おもむろに揚げ物類を一瞥し「ごぼ天」とその3秒以内に告げなければいけない。実はこのごぼ天もある程度想定しておくのだ。ごぼ天がなかった場合春菊天、春菊天がなかった場合は絶対にあるかき揚げというふうにだ。作り手はごぼ天を丼のそばの上に乗せたっぷりの出汁をかける。その間僅かに6~7秒だ、今回は間に合ったと安堵することで、本日の仕事の出来も占えるのだ。
会計は当然、小銭を使用する。間違っても万札などは出してはいけない。カウンターに置かれたお釣りの30円をおもむろにポケットにしまい、どんぶりを持ってカウンターのなるべく端に立ち、少々の七味をぱらぱらとかけ食べるが、制限時間は3分以内だ。
たべながら、ちくわ天も追加すればよかったなどと後悔しつつ、次回の作戦を立てるのである。しまった、卵も忘れた・・・。
喰い終わったあと、コップを取り出し給水器から水を満たし、一気に飲み干す。食器を返却口に出し、「ごっつあん」と告げ店を後にする。
このあと、駅まで走って行って電車に飛び乗ることは最も犯してはいけない蛮行だ。何故なら満員電車内で立ちそばを食ったあとの息をハーハーした日には、半径5メートル以内の通勤通学客の迷惑になるからだ。
ネギ抜きでなどと注文している者もその範囲だ。人の息から出た出汁の匂いは最も気持ち悪いからだ。
立ちそばは必ず降車駅で食べるのがマナーなのだ。
これが東京の立ちそばの美学だ。^^;
最近では傍若無人に入口に食券機などが置いてあり、もたもたしてる奴の後ろでイライラとすることが多い。
さて、田舎に引っ込んだ今では、そんな美学はまったくの無意味だ。何故なら誰も急いでいないからだ。
それ以前に、立ちそば屋が無いのだ・・・。あるのは駅のホーム内だけ、さすがに入場券¥160-を払ってまで立ちそばを喰うはずがない。
それでも拙者はネットを駆使し立ちそば屋を探したのだ。そしてその貴重な一軒をようやく見つけたのだった。その発見はまさに奇跡だ。田舎ではやまらうろんが幅をきかせ、立ちそば屋の存在を消し去ってしまった。
やまらうろんのそれは、立ちそばの概念とは全く違い「邪道」そのものだ。でも、パンチセットは旨くて大好きだったりもする。
貴重な田舎の立ちそば屋はこれだ。S.A風と思ってはいけない。
絶対にどこだかわかるまい。(*´∀`*)
ここでは東京の立ちそばの美学は無意味だといった。なぜなら覗き込んでも作り手の存在が無いからだ。
遠くの方から「おそばですかー」の声と共におばちゃんがやってきて、もたもたと注文を取るのだ。驚いたことにその時ガスレンジに着火しお湯を沸かし始めたのだ。
天そばを注文し、出来たら声をかけるとのこと。
おおよそ10分しびれを切らした頃に出来上がったのだ。Σ(゚д゚lll)
これがそれだ。
天ぷらはインスタントに乗ってる奴だがかまぼこ2枚で帳消しとする・・・。そばはいわゆるそれではなく蕎麦の割合が多くうまいぞ、常陸秋そばブレンドらしいがその存在感は無いに等しい。出汁はいわゆるそれだが、ネギがまたうまい。かまぼこの存在が著しく嬉しい。
やっと見つけた田舎の立ちそばはうまいのだった。o(^▽^)o
1日1回押してよ・・・。



ありがとう。
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